〜Last Number〜
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小さなボタン。
指先に、僅かに触れる感覚。
あとほんの少し、力を加えれば・・・
何度、そう思っただろう。


「はい、じゃぁコレ」
マネージャーが、新しい携帯を差し出した。
俺は、「ん〜」といい加減な返事をしながらそれを受け取る。
今まで持っていたヤツと同じ。
色といい、形といい、何処がどう変わったんだか。
「ちゃんと、暇々にダイアルのメモリーの移し替えとかやっとかないと、後で泣くのは貴方なんですからね」
手の中の携帯に、色々とやんなきゃならないアレコレを考えて面倒臭そうな視線を落としていたら、
マネージャーに言われてしまった。
流石マネージャー。
俺の行動や考えが解るらしい。
心の中で「チッ」と舌打ちした。

大体、俺は携帯が嫌いだった。
こんなに小さいんだからって、何処に行くにも邪魔にはならないと持たされる。
で、当たり前だが、何処に居ようと捕まる。
何をやってても・・・だ。

「つまんねぇ・・・」
マネージャーの運転する車の後部座席に座っていた俺は、
興味ないとばかりに携帯を脇に放ると窓枠に寄り掛かって頬杖を付き、景色を眺めた。


久しぶりだってのに、織田と逢って間もなく携帯が鳴って帰らなきゃならなくなった。
二人で抱き合っている真っ最中に、だ。
「大切な仕事の話なんでしょ?しょうがないじゃない」
織田はなんて事無いように、その電話の内容を話した俺をあっさりと抱いていた腕の中から解放した。
顔を見た途端、会えなかった間の互いの何かを確かめるように抱き合ったその時に掛かってきた電話だっていうのに。

久々の再会。
ついさっきドアを開いて、相手を認めて、お互いに引っ張られるみたいに自然に手を伸ばし合って相手を抱き締めた。

まだ、たったそれだけ。
なのに、コイツは平気な顔をしてこんな事を言いやがる。
頭にきてドンと織田を突き飛ばすと、まだ靴さえも脱がず部屋にも上がらず玄関先で抱き合っていたことさえバカみたいに思えてきた俺は、
一度は切っていた携帯でマネージャーを呼びだし、返事を待っていた彼にこれから直ぐに待ち合わせの場所へ行く旨を告げた。
電話を切ると、妙に落ちついて笑っている織田を睨み付ける。
睨み付けられても平然と微笑んでいた織田は、俺が切ったばかりでそのまま手にしていた携帯をヒョイと取り上げる。
そして俺がアッと思う間に何やら弄り始めた。
「何すんだッ!!」
勝手に何をしているのかと、慌てて取り戻そうとするが叶わない。
「ちょっと待ってて、直ぐ返すから」
そう言いながら、忙しなく指を動かしている。
「もう行くんだから、早く返せ!!」
苛々と織田の手が止まるのを待つ。

「出来た」
俺の手に戻ってきた携帯は、見ただけでは何の変化もないようだった。
何をどうしたのか?
「コレ・・・?」
尋ねると、あっさりと織田は言った。
「メモリーから俺のナンバー消しといたから」
「え?」
織田とこういう関係になって直ぐにしたことが、職業柄もあり、
なかなか会えないからと互いの携帯のナンバーを教え合うことだったので、
そのナンバーを消したと言われ、俺は心底驚いた。

相変わらず織田は微笑んだままで俺を見ている。
「どうして・・・」
ワケが解らず、もう一度尋ねた。
(俺、何かコイツを怒らせるような事したっけ?それでもう、電話もするなって?)
フと不安になってくる。
思い当る事が有りすぎる。

「そんな顔しないでよ。大丈夫」
自分でも知らないうちに、不安が顔に出ていたらしい。
織田がもう一度携帯を取ると、俺に見えるように持ち上げて言った。
「今まで柳葉さん、俺を『25』で入れてたでしょう?憶えやすいからって、
俺の誕生日簡単に足してさ『12月13日だから12+13で25』って。」
「え?あ・・・うん」
恥ずかしながら、俺はこういうのを憶えるってのが苦手だったので、
自分が忘れないように自分なりに決めた方法で、コイツのメモリー番号を憶えていた。
「もっと憶えやすくしといたから。この携帯最大300件まで憶えられるみたいだから、300番目に入れといた」
「へ?」
ワケが解らず、キョトンとしている俺の目の前に、見慣れた織田の柔らかい茶色の瞳が降りてきた。
いつもの様に、少し前屈みになって俺の目線に合わせてくれる。
「コレね、俺の新しい携帯の番号。これからはずっと、機種交換とかしてもこのナンバー、変えずにおくから」
まだ俺にはよくワケが解らない。
言われて液晶画面を見てみると、新しい見慣れないナンバーが表示されている。
携帯を俺に見えるように持ったまま、織田がその番号を指差す。
「貴方専用だから」
瞬きを繰り返す俺に、織田は苦笑する。
「わっかんないかなぁ〜」
画面を指差していた指で、ポリポリと自分の鼻の頭を掻きながら織田が言う。
「何かあったら、ここに掛けてきて。このナンバー知ってるのは柳葉さんだけだから」
コイツは俺だけの為に、専用の携帯を用意したというのだ。

漸く意味が解った俺は、頬が熱くなるのが自分でもわかったから、慌てて目の前の携帯を取り返して踵を返した。
気恥ずかしくて、織田の顔もまともに見れなくなった俺は、
そのままドアを開けると振り向きもしないまま「そんじゃな」と一言残して織田の部屋を後にした。